もし、君がそこにいるなら。

同じ学校の敷地内に二種類の制服が集う。男女合わせて四種類に分類され、所属する学科の区別を示していた。
普通科と音楽科の双方で校舎が異なり、学ぶ学業が異なる。星奏学院は特殊な部類の学校だろう。
それでも、交流が皆無というわけではなく、学校行事や生徒会の名目を以ての合同作業がある。特別教室や購買などの施設は全て共通で、それぞれの棟を一歩出てしまえば四種類の制服が混ざり合ってマーブル模様を描いた。
それは、隣り合わせにありながら決して混ざり合わない色合いだ。
校風というものがあるならば、同じ学校内で二種類の風が吹いていることになる。
生徒個人的な親交はあるにせよ、音楽科と普通科との間には物理的にも精神的にも一定の距離があった。

月森蓮の個人的な見解は、「興味がない」だ。
つい先日まで、そう思っていた。
そもそも、同じ音楽科の女生徒に対してさえ関心が無く、音楽だけが全ての生活だったから他に目をやる余裕が無かったのも確かだ。
好奇心なんてとうの昔にさび付き、探求心は一つの事柄にしか向けられなかった。
物心付いてから今の今まで、ヴァイオリンが世界の中心だ。
その他など不要だとさえ思っていた。


しかしほんの一瞬、同じ制服が、行き交う雑音が、その瞬間に止まるような錯覚を覚える。
「……屋上の、一人でバイオリン弾いてたのってさ」
「ああ、例の普通科の」
「セレクション終わったってのに、熱心だな」
「もしかして音楽科に転向すんじゃね」
「あるかもなー、あんだけの腕がありゃーな」

通り過ぎる音楽科生徒の会話に足を止めた。
彼らが何の噂話を口にしているかなど、考えるまでもない。何かを思うより先に足が勝手に方向を変えた。
本来なら予約していた練習室に向かい、限られた時間内にも課題曲を完成させる。
放課後に思い描いていた全ての予定を放り出すような真似は、少し前までは有り得ない事態だ。
それでも、階段に向かった足はそのまま屋上を目指す。
非常口の向こうから聞こえる微かな音に耳を峙てる。

彼女が現れてから、世界は突然色を変えた。
数多く往来する生徒の中で、ただ一つの影を追い掛けるようになった。
白いジャケットではなく、濃い色調のセーラー服。
細い背中に長い髪が揺れる。
伸びやかに何物にも捕らわれない音が、その腕から生み出されていた。
バイオリンを構え楽曲に向き合う横顔には笑みさえ浮かぶ。
心底楽しそうに、軽やかに弓を扱うのだ。

コンクールを掻き回したその音は、日毎にその透明度を上げているように思う。
細かい技術を少しずつ身に付け、より深みへと響く。
高く広がるあの大空のように。

屋上での練習は、彼女の日課だった。
コンクールが終わっても、彼女は音楽科棟へ通ってくる。
屋上は彼女の知人友人らで一杯になることも度々だった。
セレクション期間中に音楽科と普通科の垣根を破り、男女問わず様々な交友を築き上げたのは、彼女の生来持ち合わせている性格によるのだろう。
奏でられる音と同じ、明るく真っ直ぐで、それでいて透き通るような目をした彼女。
いつも周囲に笑顔が溢れ、その中心で光り輝くような存在だ。
その音は周囲を巻き込んで青空へと吸い込まれる。

月森は、その度に屋上へ通っているわけではない。
貴重な時間を潰すわけにもいかないし、物事には優先順位というものがある。
それでも、吸い寄せられるように足が向いてしまうこともあった。
できるなら、人が少ない間に。
もっと本音を言うならば、二人きりで。

他の誰も居ない中で、彼女の音を聞いていたい。

そんな事を望んでしまう気持ちが何なのか、月森自身まだ名前を付けかねていた。


【終わり】

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1でリリEDだったけど、月森の親密度MAX状態(だけど自分の気持ちは無自覚)、そんな裏設定。

初出:2007/07/25

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