内緒話

女の子たちの内緒話は最重要機密事項


「何を話していたの?」

優しい笑顔を斜めに傾け、彼は面白そうに顔を覗き込んでくる。
至近距離に現れた貌は恐ろしいほど整いすぎていて、それを間近に見る驚きと突然近付いた距離に、鼓動は一気に跳ね上がった。
白い肌はきめ細かく、凡そ男性のものとも思えない。
染みも無ければニキビも見当たらず、これで手入れしていないというのだから羨ましい。
鼻筋が通った綺麗な顔立ちも、色素が薄くさらさらの髪の毛も、全てが美しいという形容に相応しく、思わず見取れていると綺麗な目と目があって、慌てて逸らしてしまった。
これ以上ないというほど不自然で、挙動不審なのは自覚している。
それでも、口から飛び出しそうな心臓と沸騰しそうな頭では、理路整然とした行動など取れるはずもなかった。

「い、いえ、別に、何も」
「そう? 何かいいよね、女の子たちが固まって内緒話してるのって」
「そうですか?」
「うん。それなのに、僕がヒトミちゃんを連れ出してしまって、悪かったかな」
「え、そ、そんな事ありません!」

寧ろ、積極的に追い出して焚き付けた節がある。
廊下の片隅で固まっていた三人の女子生徒たちは、こそこそと声を潜めていた。
通りがかった神城の一声が内緒話を中断させ、ヒトミは居心地の良い輪からはじき出されてしまった。
笑顔で手を振る優と梨恵の視線は「がんばれ」とじつに雄弁に語る。

相手は一つ上の学年にあって、学園内でも五本の指に入る人気を誇る有名人だ。
隣に並ぶには勇気と根性が必須で、けれど他に何も持たない自分が唯一持つ長所がその二つなのだから怖い物など何もないと、ヒトミは密かに拳を握り締める。
神城綾人は優しい人だ。誰にでも平等に、過ぎるくらいに。
けれどどこか儚げな印象が付きまとった。
身体が弱いというだけではない危うさを感じて、胸の奥がざわつく。

「良かった。ところで、何の内緒話をしていたの?」

長身の腰をかがめて彼は、ヒトミの顔を覗き込む。
神城のこの癖はつくづく心臓に悪いと、ヒトミはあたふたと両手を胸の前で振った。

「えっと、何ってワケじゃないんですけどっ」

この問いも質が悪い。
貴方が好きで、でも諦めようかと悩んでる、なんてどうやっても答えようがない。
親友二人にそれとなく問われても、答えようがなかったのだから。
神城綾人と桜川ヒトミは単に同じマンションに住まうという共通項があるだけで、神城の広すぎる交友関係でもその他大勢の中の一人に過ぎないのだろう。
だから諦めようと思った。
それでも諦められないのは、至近距離に覗き込む目の奥に見えるものが、ヒトミの心を締め付けるからだろうか。
勘よりも更に深い部分が、自身に何かを囁きかける。

「……女の子たちって内緒話が好きだよね」

言い淀むヒトミに対して、追及の手を緩めた神城は笑って身を起こした。
肩を並べ、顔の距離が離れる。
ヒトミの心境は安堵半分、残念半分の複雑なものだった。

「そうですか? 先輩は内緒話ってしないんですか?」
「しないよ。男が固まってこそこそしてたら、気持ち悪いでしょ」
「は、はぁ、そういうもんでしょうか」
「そうなんだよ。あ、そうだ」
「何ですか?」
「今度は僕と内緒話、しようよ」
「ええっ!」

思いがけない神城の言葉に、ヒトミは思わず大声を上げていた。
廊下に反響した奇声に、慌てて口を押さえる。
その様がおかしかったのか、神城はひとしきり笑って目元を拭った。

「……ほんと面白いね、君は」
「そんな面白がられても……」
「ごめんごめん」

でも、と神城は優しい顔をして続ける。

「ヒトミちゃんの秘密、僕に教えてほしいな」

ぎゅっと胸を鷲掴みにされるような心地に、ヒトミは返答の言葉を見失った。
神城綾人という人は、追い掛けても指の間からすり抜けてしまうような、風のような人だ。
なのに、こんな台詞一つで身体を縛り付ける力を持ってる。
身動き取れないくらい惹き付けられて、もっと側に近付きたいと願う。
近付いてみても、何一つ掴めないのに。

「先輩、狡いです」
「え? どうして?」
「……なんでもありません」

貴方の方が秘密ばかりで、と続く言葉を飲み込む。
唇を尖らせると、神城はまたくすっと笑った。


【終わり】

Comment

恋愛ルートで、神城→←ヒトミという状況。文化祭前で、病気のことを知る前の時期。

初出:2007/07/25

LastUpdate: