キャンディ・キス

甘い甘いその感触をいつまでも味わっていたくて


陽だまり邸に住むようになって随分と日が経った。
細かい所まで気配りの行き届いた私室はもちろんのこと、日当たりのいいサルーンや食堂やキッチンも全て身に馴染むのが早かったように思う。
オーブハンターの面々も、それぞれ個性に合わせて部屋のインテリアを変え、その人となりを表すかのようだ。
今となってはもう自分の家のようで、長く暮らしていたかのようにさえ錯覚してしまう。
内装、家具から調度品、カーテン、リネン一つとってもアンジェリークの好みで染められた自室は、やはり一番のお気に入りだ。
日当たりの良さもさることながら、窓辺から庭園を一望できる景観の良さもある。
そして、もう一つ。アンジェリークが最近とみに出入りしている部屋があった。
様々な物品が無造作に見えるほど雑然と並べられたそこには、エルヴィンを連れてくるわけにもいかず、その一点にのみアンジェリークは残念に思っていた。
部屋の主であるレインもエルヴィンも互いに嫌いあっているわけではないが、互いに踏み込んでほしくない場所を解っているのか、エルヴィンも無理にはレインの部屋に入り込んだりしない。
レインのほうも特段気にしていないようで、不思議な関係だとアンジェリークはこっそり微笑んだ。

「どうした? 何か面白いものでも見つけたのか?」
いつの間にかレインがアンジェリークの顔をのぞき込んでいる。

レインの部屋を訪ねる理由は三つあった。まず、レインと話をすること。レインと共に時間を過ごすこと。
そして、レインの本棚を眺めることだった。
博士号を持つ研究者なだけあって得意分野のアーティファクトに関する資料ばかりだが、別分野の本もいくつか貯蔵されている。
アーティファクトは古代の科学技術だが、その古代に何があったのかという歴史書などは、アンジェリークも興味が沸いた。
レインがアーティファクトに夢中になっている時はそんな本を手にとって見ることもあり、二人同じ部屋の中で何も喋らず互いに別の事をしていながらも穏やかで和やかな時間を過ごすことも少なくない。
じつは、アンジェリークはそんな時間が密かに好きだった。
レインが好きなものに熱中し真剣なまなざしを向ける様は胸ときめかせるものがあり、微笑ましくもあり、側にいられることを嬉しく思う。
熱中すると周りが見えなくなるというが、邪魔な人間が同じ部屋に居ては気が散ってしまう。アンジェリークが追い出されないのは、それだけ気を許されているということだ。
今日も紅茶と茶請けのケーキを運んで会話を楽しみ、丸テーブルを挟んでレインはアーティファクトをいじり、アンジェは本を読む流れになった。
今日は珍しくレインの手が早く空いたようだ。

「ううん、何でもないの。エルヴィンのことを思い出して」
「へぇ、また何かやらかしたのか?」
「別に大したことではないのよ? なかなか私の部屋に戻ってこないからどうしたのかと思ったら、キッチンで熟睡して」
「あいつは神出鬼没だな。どうも俺の部屋の窓辺が通り道らしくて、何度か窓越しに目があったことがあったが」
「まぁ、そんなことがあったの」
その様子を想像して、口元に手を当てて笑う。
アンジェリークを優しい目で見つめていたレインだが、何かを思い出したように立ち上がった。
「そうだ、思い出した。お前に見せてやろうと思ってた奴があった」
「なぁに?」
レインの手に収まるほど小さな箱を取り出し、アンジェリークの前に置く。
アンティークと思わしき装飾が施されているが、蓋に描かれたスズランの花はバラバラのブロックに分かれて絵の体裁を保っていない。

「これはアーティファクトではなくて単なるからくりの箱なんだ。この絵がパズルになっていて、正しい絵に戻せたら蓋が開くって寸法さ。試してみるか?」
「ええ、面白そうね」
早速手に取ってみる。
縦横四つずつの升目に対して十五のブロックに分かれた絵を上下左右に移動させながら正しい位置に戻していく。十六番目は空白になっており、そこが移動の要になる。
とはいえ、闇雲にいじっては余計に混乱するだけだった。
スズランの姿を思い浮かべながら、可憐な白い花と茎と葉を正しい位置へと導く。
レインもアンジェリークの隣へと椅子を移動させた。

「なかなか難しいのね」
「やりがいはあるだろ?」
「ええ、ちょっと楽しいわ」
二人で箱をのぞき込み、パズルに熱中している。
穏やかな午後の光りがカーテン越しに降り注いで、部屋をクリーム色に染めていた。
外で小鳥が鳴く声も二人の耳には届いていない。

「あ、もう少し」
半分以上の絵が組み合わさって朧気ながら完成図が見えてきた。
アンジェリークの白い指が絶え間無くブロックを動かす。
最後の一つをかちりと合わせ、絵は完成した。

「できたわ!」
アンジェリークが歓声を上げる。
ゆっくりと蓋を開けるとビロードの敷き詰められた内装が見えた。
そして中央にはめ込まれたガラス瓶。スズランが刻み込まれたグラスの中身は色とりどりの砂糖菓子だった。
「まぁ、可愛らしい」
「その箱、中身も全部お前にやるよ」
「え? でも」
「俺が持ってても仕方ないだろ」
「本当に? 嬉しいわ」
アンジェリークが両手を合わせて微笑むと、レインは安堵したかのように息を吐いた。

「あ、でもこれは今食べましょうよ」
瓶の蓋を開け、赤い実を一つ摘み上げる。
「はい、どうぞ」
「え……」
「あ、こういうのは嫌い?」
「いや、……貰う」
アンジェリークが砂糖菓子をレインの口へと運んだ。
開かれた口の薄い唇に菓子を乗せる。口の中も唇も指先も全て赤い。
サクランボを蒸留酒と砂糖で固めた甘い菓子がレインの口に消えた。鼻へ抜ける微かな香りは芳醇。
無意識に握り締めていた手がじわりと熱を持つ。

「美味しい?」
少し悪戯っぽい笑顔でアンジェリークが問い掛ける。
レインの沈黙は数秒だった。その瞬間思い浮かんだ案件を実行に移すべきか、思案の間だった。
────確かめてみるか?」
にやりとレインが笑う。
「え?」
呆気にとられたようにアンジェが瞬きし、それが終わらぬうちにレインがその両手を捕らえた。
テーブルを乗り越えるようにしてレインが眼前に迫り、思わず目を瞑る。
触れた唇は思うより硬くて、思った通りに暖かかった。

初めは確かめるように触れて離れる。
もう一度、触れる。
今度はもう少し深く。全体を重ね合わせて摺り合わせる。
頭の芯が痺れたように真っ白に焼き付いて何も考えられない。
ただ繋がる唇の感触を追いかけ、もっともっとと欲する。
閉じた目蓋の裏側が赤く燃えるようだった。

啄むように何度も吐息さえ飲み込むように重なり合い、濡れた音が漏れる。
「……んんっ、……あ……」
観念したように口を開けばぬるりと舌が入り込んだ。
レインの手が片方、アンジェの後頭部に回って髪の間に滑り込んだ。
首筋を撫でられ、思わず肩が震えた。
アンジェリークの反応一つ一つが可愛らしく、また初々しい。
絡められた舌は縮こまってともすれば逃げようとするようだ。丹念に辛抱強く追いかければおずおずと応える。
顔の角度を変えて何度も吸い付いて繋がり、どこにも逃げられない。

十分に味わった後、やっとレインが離れた。
「美味いか?」
椅子に座り直してしゃあしゃあと訊くレインを、アンジェリークは上目遣いで拗ねたように睨む。
「レインの意地悪」
未だ高鳴る心臓の上あたりを両手で押さえた。
味なんて判らなかったわ、と零す。
「もう一度試してみる?」
今度はアンジェからしてほしい、と砂糖菓子より甘い声が囁いた。


【終わり】

Comment

ゲーム中、恋愛3段階目以降、ラブラブです。
部屋での会話(という名のデート)中で、浚われるイベント前というくらいの状況。
ED後かなとも思いましたが、エルヴィン居るのでゲーム中ですね。

初出:2010/05/15

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