ニア×かなで
「こんな所に居たのか」
「……あ、ニア」
ラウンジのリクライニングシートにうずくまるようにして座り、譜読みをしていたら頭の上から声が降ってきた。
同時に、明るい色のさらさらした髪も流れ落ちてくる。
親友のこの髪は、とても触り心地が良くていつも羨望の眼差しで見ていた。
もっと言うなら、触ってみたい、とも。
「何の楽譜を見てるんだ?」
「うん、卒業式のあとの謝恩会で、私たちが演奏する曲なの」
説明すると、ニアは納得と頷いた。
「あー、なるほど。お前たちアンサンブルは有名になったからな。あちこちに引っ張りだこだろう」
「そんな事ないよ。呼んでくれるのは嬉しいけどね」
「ところで、かなで」
「何?」
改まって名前を呼ばれ、かなでは身を起こして友人を見上げた。
ニアは腰を折ってかなでの顔を覗き込む。
「今日は何日?」
「えーと、14日」
「何の日?」
「えーと、……ホワイトデー」
「正解」
にやりと彼女が笑う。
「それがどうかしたの?」
「どうかしたって……ホワイトデーと言えば、ヴァレンタインのお返し回収日だろう。収穫はどうだったか、聞かせてくれてもいいじゃないか」
「回収日って……うん、律君や響也やハルくんや大地先輩からお菓子貰ったよ」
「それだけか?」
「他に何かあるの?」
「海老で鯛を釣るってのが相場だろう。誰か玉砕してくれる奴はいないかと期待したのに……ま、高校生の財力じゃ、高が知れてるか」
言葉の最後は殆ど独り言のように呟き、ニアは顎を指で摘んでみる。
「そんな、高いものなんて受け取れないよ」
「お前も欲がないな。まぁ、らしいと言えばらしいが」
「そういうニアは? 何か貰ったの?」
「私? 貰うわけないだろう」
矛先が自分にばかり向くのも癪なので、ニアに振ってみる。が、彼女は心外とばかりにあっさり言い切った。
「ええ? そうなの?」
「そもそも、誰にもチョコレートをあげてないからな」
「え、誰にも?」
「ああ、あの手のお祭り騒ぎは、外側から眺めてるのが丁度良い。私自身は関わろうと思わないよ」
「そうなの……」
さばさばとした口調に、かなでは少し肩を落とした。
別に何を期待していたわけではないが、彼女のプライベートに関わる事柄を聞き出してみたいと思ったのだ。
普段、何にも囚われないような人だから。
「ああ、でも。一つだけ、チョコは貰ったな」
「え? 誰から?」
「何をすっとぼけてるんだ、張本人が」
「え? あ、もしかして、私があげた……?」
「そうそう。全く、天然もここまでくると筋金入りだな」
「あ、ごめん。忘れてたわけじゃないけど、他の人からだと思って」
「いいけどな。だから、一応、お返し持ってきたんだぞ」
ほら、と言って手渡されたのは、デパートのロゴが入った紙袋だった。
「なぁに?」
「ホワイトデーと言ったら、マシュマロだろう」
「そっか! それじゃあ、ニア、ココア飲まない?」
ぱちんと両手を合わせ、かなでが思いつくまま声を上げる。
ニアは訝しげに小首を傾げた。
「? 何を急に?」
「ココアに入れたら美味しいんだよ。一緒に飲もうよ」
「なんだ、食べるんじゃないのか」
「もちろん食べるけど、他にも使い道あるし」
「とりあえず、味見してくれ」
焦れたように紙袋を開け、ニアが個別包装されたマシュマロを一つ取り出した。
一つずつ包装されてるなんてデパートのマシュマロは違うなぁなんてかなでが感心していると、白い物体が目前に差し出された。
「え? ニア?」
「ほら、口を開けて。あーん」
「あー……」
言われるままに口を開けると、白くてほわほわのマシュマロが口内に押し込まれた。
しゅわりと溶ける甘いマシュマロの感触を楽しんでいると、中からどろりと異質な液体が溢れた。
「んん……」
濃厚なチョコレートが口いっぱいに広がる。
鼻にぬけるのはカカオと、少しだけブランデーも。
「わ、美味しい……、チョコが入ってるんだ」
「ちょっと高めのマシュマロだ。これで、ブラウニーのお返しにはなっただろ」
「うん、嬉しい! ありがとう、ニア」
「どういたしまして」
ふふっと笑って、ニアが自分の指をぺろりと舐めた。
少しだけ身体の熱が上がったような、落ち着かない気分になって、かなでは目を逸らす。
「ねぇ、ニアも食べようよ。こんなにあるし」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
ラウンジに二人並んで座り、マシュマロを頬張る。
少しだけ気恥ずかしい気持ちを抑え、かなでは「えへへ」と笑った。
ニアはふっと微笑んで、そんなかなでを見守る。
だから、かなでは気付かない。
自分たちが、ラウンジに入りがたい雰囲気を作り上げていることを。
男たちが入るに入れず、すごすごと部屋へ引き上げていることを。
【終わり】
Comment
ニアの牽制も成功、ってことで。
初出:2011/04/01