天宮×かなで
珠玉END後・甘々・誕生日記念
「今日はタルト・タタンを作って来たんです」
かなでは楽しそうな顔をして、件のケーキを切り分けている。
甘酸っぱいリンゴの匂いがふわりと立ち上り、彼女の笑顔と相俟って天宮の胸をくすぐる。
「これは、アップルパイとは違うのかい?」
「はい、作り方が違います。アップルパイのリンゴは砂糖とお酒で煮詰めますが、タルト・タタンはバターと砂糖でいためて、それを下にしくんです」
話ながら、かなでは慣れた手付きで紅茶をカップに注ぎ入れる。
テーブルの上に広げられたティーセットは、辛うじて見覚えがあった。
一度、好奇心でキッチンの戸棚を開いた時に見かけたもので、今の今まですっかり忘れていた。
天宮宅に招かれた客だというのに、かなでの方がキッチンの何もかもを把握している。
一度、天宮自身が持て成そうとしたことがあったが、敢え無く主導権を奪われた。
「フランスの田舎のお菓子なんですが、失敗作から出来上がったって由来があるそうですよ」
「へぇ、ちゃんとケーキの体裁を保っているように見えるけど?」
「意地悪言わないで下さい、味は失敗してませんから」
天宮の軽口に、かなでは頬を膨らませ、拗ねたような上目遣いになる。
「ふふ、冗談だよ。かなでさんの作ったものは何でも美味しいから」
「そう言って貰えると、作り甲斐があります」
かなでが頬に手を当て、照れ隠しに「えへへ」と笑った。
何にも心を動かしたことのない、人形のようだった天宮を変えた女性は、まるで子どものように無邪気だ。
本物の恋人同士になったからと言って、何が変わったわけでもない。
けれど、天宮は確実に変わり続けている。
女の子をからかって楽しいなんて、小学生の頃だって思ったことがないのに。
今は、悪戯心が騒いで仕方ない。
この質問には何て答えるのだろう。
投げ掛ける言葉の一つ一つに、心が踊る。
「それじゃあ、僕が美味しいって言い続けたら、ずっと料理を作ってくれるのかい?」
「はい、いいですよ」
あっさり肯かれ、天宮は軽く目を見張る。
「いいのかい? ずっとだよ?」
「え?」
念を押すように質問を繰り返すと、かなではきょとんと小首を傾げた。
しかし、さすがに解ったのだろう。首もとから顔全体へと朱に染める。
「あ、あの……静さんが、いいと言うなら……」
その答えを期待していたというのに。
思わぬ直球が返ってきて、天宮まで顔が熱いような心地になっていた。
【終わり】
初出:2011/02/20