東金×かなで
恋愛無しノーマルEND後・ランチデート・両片想い
雑居ビルの地下に降りて、コンクリート打ちっ放しのひんやりした店内に入ると、アンプ越しにアコースティックギターの優しい音色が聞こえてきた。
「夜は生演奏があるのか。なかなかいい店だな」
店員に案内されて席につき、壁に並ぶボトルを眺めて東金が感心している。
「このお店は初めてです。ランチ、楽しみですね」
「まぁな、味をみてみないことには評価できねぇしな」
こんな所でも評論家気取りかと思うとなんだかおかしくなる。くすくす笑うと、対面の東金が「何だよ」とメニュー越しに睨んできた。
「何でもないです。東金さんは決まりましたか?」
「ゆっくり選んでていいんだぜ。お前が選んだ店だしな」
「そう言われると迷っちゃうじゃないですか。当初の予定通り、『日替わりランチセット』でいいです」
「そうか。お前も乗せられやすい性格だな」
店員を呼んでてきぱきと注文し、疑問があれば的確に質問し、立て板に水とばかりに取り仕切る。かなでの出番はなく、東金と店員の淀みない会話をぼんやり眺めていた。
「飲み物はどうする?」
「あ、アイスティのミルクで」
唐突に質問が飛んで、慌てて答える。
「俺はコーヒーだな。食後に持ってきてくれ」
「かしこまりました」
メニューを返すとすることもなくなり、かなでは手持ちぶさたにお冷やを口に含んだ。
適度な広さのテーブルだが、面と向かうと妙に相手が近く感じる。不思議な心地で、日に焼けた綺麗な顔を見つめた。
「何だ? 俺に見とれてんのか?」
「ちっ、違います」
この物言いさえなければいい人なのに、とかなでは思う。
意地の悪い笑い方はライバル関係が解消された後も変わることなく、結局現在もこうして実行される。
ソロファイナルの応援に行けば、「勝利のキスでもしてくれ」などと言い出す始末だ。
全力で首を振り謹んで辞退したが、もし本当にしていたら関係も変わっていたのだろうか。胸によぎる疑問は、その度に打ち消された。
妙に気に入られているのは解る。さもなければ、こんな風に昼食をともに取ろうなどと思わないだろう。その上、ことあるごとに「神南に来い」と本気か冗談か区別のつきにくい誘いを投げかけてくる。
律儀に「無理」と返しているが、イマイチ伝わっていないように思う。その後も何度も言葉の端はしに上らせるくらいだ。
ふと、テーブルの上に乗せて軽く組まれた彼の両手が目に入った。
ヴァイオリンを華麗に引きこなし、確固たる自己を表現する長く骨ばった指だった。
突然、その指がかなでに向かって伸びてきた。
「えっ、わ、わっ」
「こら、俺といてぼーっとしてんじゃねぇよ」
思わず目をつむるが、彼の指は前髪に軽く触れただけだった。
額を弾かれるかと構えていたが、そこまでは触れてこない。
「それとも疲れてるのか?」
「あ、いいえ、そんなことはないです」
「ならいいけどな」
東金得意の意地悪い笑みの中に、柔らかいものが混じる。
かなでは意外なものを見つけて驚いていた。
これが、例えば幼なじみなら頭を撫でるとか、額をはじくとか、他愛のない接触だったに違いない。
東金の態度は相も変わらず不遜で傲慢。
けれど今は、角が取れて丸くなった印象だった。
ちらりと投げた視線がぶつかると、にやりと笑われる。けれど目つきはとても甘くて優しい。
随分と変わったものだ。それを当人に伝えたら何て言うだろう。
とんでもない言葉が返ってきそうで、想像してはいけない気がする。座っているだけで体中がむずむずするような心地になって、俯いた。
「どうした? 小日向」
「い、いえ、何でもないです」
胸の前で両手を振った。
「……ランチが楽しみだなーって」
「花より団子かよ。まぁ、いいけどな」
東金は大きくため息を吐いた。
それで空気が若干軽くなった気がして、かなではほっと胸をなで下ろす。
「……いいわけねぇけど、ま、仕方ない」
今は、まだこのままで。
東金はガラスのコップに口をつけ、その影でそっと微笑した。
【終わり】
初出:2010/10/12