大地×かなで
2月14日にチョコレートを受け取るのは、女の子たちの好意が嬉しいからだけではない。
今を遡って一年の頃、持って帰れないほどのチョコレートを持て余した親友の姿を見かけた。
それこそ小学生の頃からチョコレートまみれになる一日で、大地本人は慣れたものだが、如月律はかなり困惑の様子だった。
そこで、実家の車を回してもらい、大半を預かることになった。
実家の診療所の伝を利用し、保育園や養老院など各慈善団体へと寄付する。
大地のチョコも殆どがその形を取っており、律は一も二もなく同意してくれた。
かくして、大地や律の口に入るチョコレートは一つもないまま、遠い誰かの元へと旅立っていく。
好意のリレーだと嘯いていたが、そもそも大地はチョコレートのような甘い菓子を苦手としていた。
口に入らないまま廃棄処分されるくらいなら、食べてくれる誰かの元へ届ける方がよっぽど合理的だ。心底、そう思っている。
一年ほど前から、大地はその事実を包み隠さず話すようになった。
差しだそうとする子に説明し、それでもいいかと尋ねる。
結果は、そのまま諦める子と、「それでもいいから」と差し出す子の半分に分かれた。
全体数としてチョコレートは減ったかと言えば、実はそんな事もない。
女子の中でも、机の上に収まらないほどの数を集める子がいるのだ。
スポーツの部活で活躍したクラスメイトの女生徒など、そこらの男子が羨望の眼差しを送るほどのチョコレートを集め、大地の慈善事業は律だけでなく各方面で暗躍することとなる。
さて、今年はと言えば。
大地も律も高校三年となり、受験シーズンまっただ中だ。学校に出てくる生徒は少なく、三年の教室周辺は閑散としている。
大地個人が率先して行っていた慈善事業も、受付役を教師に任せることにした。
一つ、肩の荷が下りた気分で職員室を出て、大地は目立たないように目的の場所へと向かう。
それでもバレンタインデーの放課後は、どこか忙しない。
姿をくらますことなど不可能で、声をかけられてしまった。
即席の笑顔を貼り付けて、振り向く。
案の定、立派な包装のチョコを差し出されるが、文言は決まってる。
「ごめん、受け取れないんだ。あ、机に置いても、先生が没収に行く予定になってるから」
後輩の女子生徒は悲しげに眉を寄せるが、同情は禁物だ。
ごめんね、と手を振って、話を切り上げる。背を向け、足早に移動した。彼女には悪いが、今はたった一人の人物だけが大地の思考を占拠しているのだ。
音楽科棟の裏、春になれば桜並木になるそこに、目的の人物は立っていた。
鞄の他に、小さな手提げ袋を持っていて、期待は膨らむ。
チョコレートは苦手だけど、彼女が作る特製ビターチョコトリュフなら、話は別だ。
いや、かなでが作るものなら何でもいい。全て、好物になる。
夏に想いを通じ合ってからずっと、この日が楽しみだった。
ほら、目が合えば彼女は赤い頬を緩めて、眩しいくらいの笑顔を見せてくれる。
それだけでもう、おつりが出るほど胸がいっぱいになるのだ。
【続く】
初出:2011/02/14