悠人×かなで

「あの、先に断っておきますが」
こほんと仰々しくもわざとらしい咳払いなぞしてみて勿体ぶってる自分がおかしいことくらい、よくわかってる。
放課後の下校時間は人の気配がなく、住宅街はひっそりと静まりかえっていた。
二人の声と靴音が、やけに大きく響く気がした。

悠人が住まう家もかなでが向かう寮も、どちらもすぐに着いてしまうほど学院から近くて、公園へと遠回りを提案してみるのも勇気が必要だった。
かなでは何の疑問も持たないのか、素直に肯いて悠人に着いてきた。
向かい合って改めて本題に踏み込もうとすると、臆病な自分が鎌首をもたげ、言葉の取捨選択がうまくいかない。

「僕は今日、誰のチョコレートも受け取りませんでした」
同級生から上級生、音楽科はもちろんのこと普通科に至るまで、今まで顔も見たこと無いような生徒が悠人の名を呼び、チョコレートを渡そうとする。
それを徹底的に拒否してきた。
冷淡な対応だったと自覚しているが、一つでも受け取るのは筋違いだと思うのだ。
欲しいものは、最初から一つしかないのだから。

────あなたが、その、メ、メールで言ってたから……」
昨晩、「渡したい物があるから、放課後一緒に帰ろう」とメールを送ってきたのは彼女だ。
それを期待してもいいのだろうか。
うまく言い出せなくて、握りしめた手の中にじわりと汗が滲む。

「うん、あのね。これ、受け取ってほしいなって思って」
かなでが恥ずかしそうに鞄から小さな箱を取り出す。
リボンでラッピングされた、今日、目にしたどんなものより綺麗で可愛らしい箱。

「……はい、もちろん」
恐る恐る受け取ると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
その顔が眩しくて、見取れてしまいそうになって、悠人は箱へと目線を落とす。

「大切に、食べます」
呟いた声は首元を巻き付けたマフラーの中へと吸い込まれる。
それでもちゃんと聞こえてしまったのか、かなではにこにこと微笑み続けていて。
悠人はますます顔を上げられなくなっていた。


【続く】

初出:2011/02/14

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