八木沢×かなで
待ち合わせの場所は駅前だった。
行き交う人間の多さに、当該の人物を見つけられるだろうかと不安になる。
けれど、視線とは不思議なもので、吸い寄せられるように特定の人物を見つけだした。
まるでそこに磁場があるかのように、自然に。
かなでの記憶にあるのは夏の制服姿だけで、コート姿は新鮮だった。
見慣れないはずなのに、すぐに八木沢だと気付く。
向こうもかなでに気付いたようで、頬を緩めて微笑してくれた。
ああ、これだけでもう、幸せで胸の中が塗りつぶされそう。
「待たせてしまいましたか?」
「いいえ、私も来たばかりです」
「……良かった」
電話やメールでは沢山話をしているというのに、面と向かうのは夏以来だった。
「久しぶり」という挨拶も、どこか間が抜けて聞こえるけれど、気分としてはそれ以外に相応しい言葉も見つからない。
「あの、受験の方は……」
「はい、結果待ちです。第二志望まで受けて、滑り止めを一つ残してる状態ですね」
彼は東京にある大学を受験をするというので、都内のホテルに泊まっている。
今日はわざわざ、かなでと会うために出てきてくれた。
「ここで立ち話も何ですから、どこかでお茶しませんか」
「あ、はい、そうですね!」
促されて、肩を並べて歩き出す。
駅を出て飲食街に向かいつつ、隣の存在を強く意識していた。
「電話でたくさん話をしていたけれど、やっぱり面と向かうと違いますね」
「そうですね。私、今日会えて、とても嬉しいです」
「僕もです。……それに一つ、期待してるんです」
隣を見上げると、頬を赤らめた八木沢が居る。
変わらない優しい眼差しに、今は少し熱い何かがにじみ出ているようだった。
「あ……はい」
かなでは俯いて、手にした手提げ袋をぎゅっと握った。
「あとで差し上げるので、あの……ホテルで召し上がって下さい」
「はい、楽しみにしてますね」
恥ずかしくて俯いてしまったかなでの横で、八木沢は嬉しそうに声を弾ませた。
きっと、嬉しそうな顔をして笑っているのだろう。見なくても、笑顔を思い浮かべることができた。
【続く】
初出:2011/02/14