火積×かなで
「一日早いけど、貰ってくれるかな?」
控えめだけど可愛らしいリボンのついた箱を差し出されて、火積は暫く動くことが出来なかった。
家族以外からチョコレートを貰うのは、生まれて初めての経験なのではないだろうか。
それも、相手はたった一人特別だと思った相手だ。
日曜のこの日、仙台まで行くとメールが来たときから、夢でも見ているかのような気分だった。
ヴァレンタイン当日じゃなくてごめん、なんて謝罪されても、的はずれのような気がした。
仙台に来てくれるだけで、嬉しくて堪らない。
「────あの、火積くん?」
かなでが悲しそうに眉を寄せ、顔を覗き込んでくる。
あまりに呆然と立ち尽くし、受け取る気配のない火積の様子に、不安を抱かせてしまったらしい。
「あ……す、すまねぇ」
火積は慌てて居住まいを正した。震えそうになる手を押さえて、箱を受け取る。
握り潰してしまわないだろうかと不安になるほど、小さな小さな箱。
「こ、こういうの貰うのは……初めてで」
訥々と低い声が言葉を吐き出していく。
「今までは……ちゃらちゃらした行事だと思ってたんだが……」
次第に熱くなる頬を手で隠してみても、顔全体へと広がるそれを押さえることなど出来ない。
「あんたから貰えて、正直……すげぇ嬉しい」
「よかった!」
火積の言葉を聞き終えて、かなでは嬉しそうに両手を合わせる。
「火積くんに喜んでもらえて、とても嬉しいよ」
そう長いこと滞在できないまま、彼女は横浜に帰らなくてはならない。
たった一時の逢瀬。どんなに一緒に居たいと思っても、互いにまだ高校生で、火積にできることなんて限られてしまう。
それなのに、彼女は精一杯の気持ちを伝えようとしてくれた。
「……あのよ」
「ん? なぁに?」
「3月14日」
「え?」
「おかえし……考えておく」
「ほんと? 嬉しい!」
だから、今できる精一杯のことを、彼女にしてやりたいと思った。
【終わり】
初出:2011/02/14