新×かなで
「────かなでちゃん!」
人波の合間に背の高い彼の、明るい髪の毛がふわふわと踊る様を見た。
前髪の下にあるくっきりした目と目が合って、口が「あ」の形に開くのも視認した。
そこから、一瞬の出来事のように思えた。
ごった返して行き交う人の合間を縫って、新がかなでの側まで駆け寄ってくる。
「新く……」
「かなでちゃん、かなでちゃん、かなでちゃん!」
早口言葉のように名を連呼されたかと思えば、長い腕が伸びてきてぎゅううと小さなかなでを拘束した。
初めて合った時からスキンシップ過剰な彼だったが、昨今は輪をかけて遠慮がない。
かなでの身長は新の胸に届く程度しかなく、痩身とはいえしっかり胸板のあるそこに密着させられると、恥ずかしさと同時に息苦しさも伴う。
ここは駅のホームで、衆目を集める事態もできるなら遠慮したい。
思わず背中をとんとんと叩くと、新ははっとしたように身体を起こした。
「あ、ご、ごめん」
ぷはっと息を吐き出して呼吸を整えるかなでに、新は慌てて謝る。
「今日、仙台に来てくれるってメール貰ってから、ずっと待ち遠しくて」
かなでの両肩に手を置き、腰を折るようにして顔を覗き込む。
「ようやく、夢でも幻でも妄想でもない本物のかなでちゃんに会えて、嬉しくてつい……」
まるでご主人様に叱られた大型犬がしっぽを丸めて項垂れているようだ。
しょんぼりと眉を下げてかなでを見詰める目は子供のようで、かなではくすっと笑った。
「ううん、私も嬉しいよ、新くんに会えて」
「かなでちゃん~~!」
再びぎゅうっと抱きつかれる。
本当に、人懐こい大型犬のようだ。
そういう所はちっとも変わっておらず、恥ずかしさと同時にほっとする。
ああ、新くんだ。
「……あのさ」
再会のハグも一通り済んで、駅のホームから駅ビルへと移動する。
二人に残された時間は少ししかなくて、遅めの昼食をとったら別れなくてはならない。
ぎゅっと繋いだ手に力がこもる。
「チョコ、ありがとう」
「ううん、貰ってくれて、こちらこそありがとう」
かなでがそう返すと、新は一度口を噤む。
「あのさ、他の奴には……あげてないよね?」
「え?」
「すっげー情けない話なんだけど。かなでちゃんに本命チョコ貰えただけで、空を飛べそうなくらい嬉しいのに」
ふと足を止めて、新はかなでに向き直る。
「……ほら、かなでちゃんには幼なじみの二人とか、ハルとかいるから……オレ、考えただけで胸が痛くて」
ぎゅっと眉根を寄せて真剣な顔つきは、初めて見るものだった。
かなでは呆然と、その声に聞き入る。
「想像するだけで嫌だな~って思っちゃって……。オレ、嫌な奴だよね……」
「大丈夫だよ」
ぎゅっと手を握り返し、気持ちを伝えるように真っ直ぐ目を見た。
「誰にもあげてない。新くんだけだよ」
新は目を見張り、惚けた顔のままかなでを見詰める。
「私だって、新くんが他の女の子に優しくしてたら、ちょっと嫌だなーって思っちゃうもの。それくらい、新くんが好きだよ」
「かなでちゃん……」
切なげに目元を震わせ、新は微笑んでみせようとした。けれど、どうしても震えて歪んだ形になる。
「……どうしよう、オレ……」
うれし泣きって本当にあるんだね、なんて照れ隠しにおどけながら、新は目元を拭った。
【終わり】
初出:2011/02/14