土岐×かなで

きっと、彼なら女の子からチョコレートをいっぱい貰うんだろうな。
チョコレートを細かく刻みながら、ふと思考が横道に逸れる。
今、作ろうとしているものが、果たして彼の心を射止めることなど出来るのだろうか。
今更ながらもやもやと黒い雲が胸に立ちこめてくる。

ああ、駄目。
集中していないと、今は刃物を扱っているのだから。怪我でもしたら大変だ。

それでも、と思う。
例えばデパートの地下街や、駅のエントランスに並んだ特設コーナーにはありとあらゆるブランドのチョコレートが並び、甘く女心をくすぐる。
味が保証されている分、値段もそれなりで、上を向けば際限がない。
けれど、やっぱり手作りに拘ってしまうのは少しでも気持ちを伝えたいと思うからだ。
例え味が落ちても不格好でも、自ら作ったものでなければ意味がない。
それを、土岐も望んでいるのだから。

数日前には、「ヴァレンタインのチョコ、作ってくれるんやろ? 楽しみやな」とハートの絵文字付きでメールが送られてきた。
何度も見返しては、頬が緩んでしまう。嬉しくて堪らなくて、同時に会いたい想いが募って切ない。
胸の中がくすぐられるようで、同時に少し苦い。
まるで、今作っているチョコレートのようだ。

彼は周囲を惹き付ける人。
ヴァイオリンを奏でれば人だかりができて、特に女性のハートを絡め取る術に長けている。
チョコレートなど今まで大量に貰ってきただろうし、さぞかし舌も肥えているだろう。
そんな彼を満足させられるかどうかは解らない。そう出来たらいいなとは思う。
あの優しく甘い笑顔で受け取ってくれたら。
美味しいと、お世辞でいいから言ってくれたら。
そうしたら今までの想い全てが報われるような気がする。
甘酸っぱい願いも、切ない苦悩も全て。

沸騰直前まで暖めた生クリームを、チョコレートと混ぜ合わせる。
チョコレートが溶けて白い生クリームの中でマーブル模様を描き始めた。
ボウルの中が茶色一色になったところで、ラム酒を加える。ラップをかけて、付箋に「かなで」と名前を書き入れ、冷蔵庫に収納した。
ここは寮なので、名前を貼り付けていないと勝手に処分されてしまう。
それだけは何としても避けなければならない。
とはいえ、部屋に戻っても気持ちが落ち着かないので、そのまま調理場に残る。ニアや寮長の許可は貰ってるのだから、問題はないはずだ。
それに、そろそろ学期末テストを睨んだ対策をしなければならない。学生の本分は学業なのだから。
手近な椅子を引いて座り、教科書を開いた。

もう既に、かなでがチョコレートを作っていることなど知れ渡っているだろう。
ひやかされることも覚悟の上だ。
それでも、わざわざ神戸から横浜に出てきてくれるという土岐のために、一生懸命作ろう。
かなでは改めて決心する。

不格好でも、味が落ちても。
貴方が好きですという心を込めて。


【終わり】

初出:2011/02/14

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