冥加×かなで

朝から妙に忙しない兄を見て、枝織は素知らぬ顔を貫いた。
少しでも表情が緩んでは、彼の苛立ちがこちらに向くとも限らない。
とはいえ、玲士がいくら目くじら立てて凄んでも、枝織には効果がないだろう。
そもそも今日の不機嫌さは、とても可愛らしい理由なのだから。

昨年まで枝織だけがチョコレートのケーキやクッキーを作って玲士に渡していた、冥加家のヴァレンタイン。
今年は、枝織以外の人物が玲士宛に「本命チョコ」を持って現れることとなった。
冥加玲士本人にも直接メールが行ったようだが、枝織にも今日の訪問を告げるメールが来た。
それに合わせて、枝織もスケジュールを調整する。
学期末テストが近いことを理由に補習を受ける、と。

朝食時に今日の帰宅が遅くなることを告げると、玲士の眉間の皺が一気に増えた。
しかし、数秒の沈黙の後に玲士の口から出たのは「そうか」の一言のみで、枝織も特に言葉はなく、皿を片づけにキッチンへと引き上げる。
もちろん、枝織の用事など今日でなくてもいいのだが、気を遣って入れた予定だった。
きっと、チョコレートの受け渡しに枝織が居ては邪魔になるだろう。
当人たちはむしろ居て欲しいと思うだろうが、そこは野暮というもの。
付き合いだして半年以上の年月が経つというのに、全く進展がないのだから、困ったものだ。

「本命チョコ」を貰えることを心底喜んでいるくせに、そんな浮かれた自分が嫌で不機嫌になるような兄・冥加玲士と。
チョコレートを作って持って行っても受け取ってくれないのではないかと不安がる小日向かなでと。
そんな二人を仲介する枝織は、溜め息をつきつつ、つい笑ってしまう。
なんと微笑ましくも焦れったい二人だろう。

「兄様と、想いを伝え合っているのでしょう?」
かなでに訊いてみたことがある。
しかし、真っ赤になったかなでからの返答は要領を得ないものだった。
「そうとも言えるし、そうじゃないかもしれない」

────つまり、肝心なことは何も言えていないということだ。
あの堅物の兄では仕方がないのかもしれない。
長年培ってきた彼女への想いは、愛情と言うには複雑すぎる。
けれど、その蟠りが半ば解消された今、さっさとくっつくべきなのだ。
枝織は心底そう思っている。
むしろ、かなで以外の誰が玲士の恋人になってくれると言うのか。
もう半ば本気で、いっそ義姉になってくれればと思っている(気が早い話なので誰にも打ち明けてはいないが)。

兄様も、さっさとかなでさんを捕まえておかないと。
他の男性に奪われても、しりませんよ?

言えるものなら、これくらいの脅しをかけてみたいものだ。
ヴァレンタインはいい機会なので、もしこの期を逃すようなことがあったら言ってみよう。

凍り付くような空気に朝日が差し込む中、学校へと向かう。枝織は、しっかりとマフラーを首に巻き付けた。
その中に顔を埋め、放課後に起こるであろう出来事を思い、ふふっと微笑んだ。


【続く】

初出:2011/02/14

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