天宮×かなで
事前に連絡があって、今日は一日自宅で共に過ごすことになっていた。
二人連れだって外に出かけるのも楽しいが、自宅で何をするでもなく、二人共にくつろぐ一時も天宮にとっては大切だ。
偶にソロでピアノを弾いて聴かせたり、彼女の弾くヴァイオリンの伴奏したりと、思いつくまま時間を共有する。
結局、隣にかなでが居ればそれでいいのだと結論づけていた。
映画を観たり、本を読んだり、好き勝手なことをしていても、近くに気配を感じるだけで、こんなにも心が充足している。
メールで連絡を貰った時は、そんな風に落ち着いた時間を過ごすのだろうとぼんやり予想してた。
ところが、今日天宮宅に現れたかなでは、何やらスーパーのロゴが入ったビニール袋を抱えて現れ、キッチンを占領して立てこもっている。
天宮がキッチンに近付くと「まだ入らないで」と拒まれた。
確かに、天宮は自炊を滅多にしない。キッチンは滅多に入らないし、かなでを招くようになってすぐに主導権を彼女に譲り渡したくらいだ。
だからと言って、ここまで頑なな態度は珍しい。
この不可解な状況は何なのだろう。
天宮は考える。
今、自分は決してこの状況を快いとは思っていない。
それは何故か。自宅であるのに、進入を拒まれた。理不尽ですらある。
では、怒っているのだろうか。
否、違うだろう。
これは只単に────
「……寂しい、のかな」
同じ横浜に住んでいると言っても、通う学校が違えば学年も異なる。
電話やメールをしていても、頻繁に会えるわけでもない。
想いが通じて本物の恋人になったというのに、いざ会えたと思ったら一人取り残されている。
そう思うと、見える世界の色すら褪せていくような気がした。
見慣れた自室の照明すら、輝きを失ってしまったかのようだった。
「────静さん」
キッチンの扉が開いて、かなでが顔を出した瞬間。
どれほどその瞬間を待ち望んだことだろう。
「ハッピーバレンタインです! トリュフ、作ってみたんです」
「これ、僕の為に?」
「もちろんです。どうぞ、召し上がって下さい」
皿の上に丸いチョコレートの固まりが幾つも乗っている。
一つを指先で摘み、口に運ぶ。
口いっぱいに広がる甘さと、お酒の香ばしい匂いと、滑らかな舌触りと、少しの苦さ。
「うん、美味しい」
「よかった!」
「でも────」
「え?」
小さな身体を抱きしめて、天宮はくすっと笑った。
「一人きりで取り残されるのは、ちょっと寂しかったな」
だから、その分を取り戻させてよ。
【終わり】
初出:2011/02/15