ニア×かなで

「何を作ってるんだ、かなで?」
調理場を占拠して何やら忙しく立ち回っている姿を見つけ、ニアは面白そうに声をかけた。
ニアの存在に気付かなかったのか、小日向かなではびくりと大袈裟なほど肩を揺らす。

「え、ニ、ニア?!」
「何だ、その間抜け面は。……ここは君の家ではないのだから、私が居てもおかしくないだろう?」
「そ、それはそうなんだけど、あの……」
「ああ、ヴァレンタインのチョコなら、気にするだけ無駄だ。皆、君が何を作って誰にあげるのか興味津々だからな」
「え?!」
「ラウンジで噂していたぞ。あそこまでチョコレートの匂いが漂ってきたからな」
指摘してやると、かなでは顔を真っ赤に染め上げる。
「バレてたんだ……?」
「ま、そういう時期だしな。当然と言えば当然」
冷蔵庫からペットボトルを取り出し、腕で扉を閉める。
よく冷えた水を飲み、かなでをちらりと見やると、恥ずかしそうに俯いた。

「それで、何を作ってたんだ?」
「う、うん。チョコブラウニーなの。今、一つ目が焼き上がった所」
「へぇ、これがそうか」
ボウルやまな板、スケールに泡立て器、オーブンシートの切れ端が散乱する調理台の上に、甘い香りを放つ焦茶色の四角い平面体の物体が鎮座している。

「あら熱が取れた所で、切ろうと思って」
「なんだ、これじゃつまみ食いはできそうにないな」
「や、やっぱりつまみ食いする気満々なのね?!」
「冗談だよ、冗談」
ペットボトルの底を、こつんとかなでの額に当てた。
どうせ如月兄弟か、オケ部の連中かの口に入る物なのだから。少しくらい奪ってみてもいいじゃないか。ニアはこっそり微笑む。
連中への分け前が少なくなるのは、この際目を瞑ってもらうしかない。ちょっとした意趣晴らしだ。
しかし、来るタイミングが若干早かった。まだ切り分けられていないブラウニーに、噛み付くわけにもいかない。
これは因果応報と言うべきか。

「ニアの分もあるから! だから、できあがるまで待ってて!」
しかし、思わぬ反撃が来て、ニアは呆気にとられたようにかなでを見た。
「私の分も?」
「そうだよ! 当然でしょう?」
「……なんだ、そうか」
ふっと微笑み、かなでの頭をくしゃっと撫でた。

「ありがとう、楽しみにしているよ」
素直な気持ちを伝えると、かなでは嬉しそうに微笑んだ。

ヴァレンタインの風潮なんて製菓会社の陰謀でしかないと思っていたけれど、こんな機会に恵まれるならそれも悪くないのかもしれない。


【続く】

初出:2011/02/14