悠人×かなで

ヴァレンタインデーは女性から男性へ、チョコレートを贈る。愛を告白するために。
一ヶ月後のホワイトデーは、チョコのお返しにマシュマロらしい。
しかし、世間はプレゼントを贈るのが慣わしだと言って、菓子はおろかアクセサリーなどの宝飾関係を推し進める。
まさか高校生の分際で宝石というわけにもいかず、しかし悠人とて男だ。
本命チョコをもらったからにはお返しをしたい。
かと言って、マシュマロというわけにもいかない。
絶品と言っていい手作りチョコに見合うお返しは何だろうと、悩むこと一月。
その間に期末テストやら課題やらと、やるべき事は山積していて、あっという間に時間が流れてしまった。
しかも、三月は卒業式が控えている。
謝恩会にオケ部アンサンブルが演奏することになっていて、悠人もかなでも準備に忙しい。
14日は一緒に練習しようと約束して、一週間前から練習室を予約していた。
もちろん、毎日のように登下校を共にして、いつも一緒にいる。
昼休みは弁当を分け合い、時間の空いた放課後にカフェテラスで談笑することも。
そうやって時間を積み重ねても、いざホワイトデーと言われると肩に力が入る心地だ。
こそばゆいというか、一頃に落ち着いていられないというか。
演奏も上の空で、かなでに「休憩しようか」と言われてようやく浮ついた自分に気付く始末だ。
気合い直しに両頬を叩いてみたら、かなでに驚かれてしまった。
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
「いえ……何でもありません」
「でも痛そうだったよ?」
「これくらい、何て事無いです」

地に足のつかないような不甲斐ない自分なんて格好悪いだけだ。
こんな所、目の前の人には見せたくない。
それでも緊張の一瞬は近付いていた。

「先輩、これ」
鞄の中から取りだした紙袋を、かなでに差し出す。
「なぁに?」
「今日は……ホワイトデーなので。その」
「あ……」
「貰って、くれますか」
「うん! 喜んで!」
かなでの頬がほにゃっと解け、これ以上ないというほど嬉しそうな笑顔を見せた。
それだけで、今の今まで抱えてきた何もかもが解けて消えていくような気がする。
我ながら、なんて厳禁なんだろう。

プレゼントを選ぶのに、大変難儀した。
評判の雑貨店に入ってみたものの、あふれかえるアクセサリーと女性客と女性店員の目線に気後れする。
ディスプレイの中から、かなでに似合いそうなバレッタを見つけた時は、天啓かと思った。
けれど、もし受け取ってくれなかったらと思うだけで不安がぎりぎりと胃を締め付ける。

ヴァレンタインもホワイトデーも、自分には無縁だと思っていた。
下らないと侮蔑さえしていた。
なのに、いざ当事者となってみれば、最初から振り回されっぱなしだった。
チョコを貰えなかったらと考えて落ち込んでみたり。
貰えたら貰えたで、他の誰かにあげているのだろうかと邪推してみたり。
その全てが解消されても、今度はホワイトデーだ。
お返しに何をあげよう。喜んでもらえるのだろうか。
受け取って貰えなかったら、どうしよう。
こんな、ぐるぐると出口のない迷路を彷徨うような気分に辟易してみても、たった一つの笑顔があるだけで報われしまうのだ。

「わ、可愛い! ありがとう、ハルくん!!」
紙袋を開けて中身を見たかなでは、きらきらと輝くような笑みを浮かべていた。


【終わり】

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正統派な感じで一つ。

初出:2011/04/01

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