土浦×日野

恋愛未満・ほのぼの

 

「あーもう、暑いなぁ」
セーラーの襟を摘んでは離し、服の中に風を送る。
そんな事をしてもちっとも涼しくなったように感じない。
少しでも陽射しを避けて木陰に逃げ込んだけれど、湿気と熱気が混じり合った空気は相変わらず体中から水分を絞り出すようだ。
こめかみから顎へと汗が滴り落ちる。不快感にじっと耐えていると、何かの罰ゲームでもしているかのような気分になってくる。

突然、ひやりと首筋に冷たいものが当てられた。
暑さを少しでも和らげるために髪をアップに纏めていたが、そのうなじは無防備も同然だ。
「ひゃ……っ!」
「よ、日野。待たせたな」
「土浦くん! もう、びっくりした!」
首筋に当てられていたのは冷えたペットボトルだった。
驚かせた当人は実に爽やかな笑顔のままで、ちょっと憎たらしい。
「なんだ、そんなに驚かせたか? そりゃ悪かった」
ほれ、とペットボトルを差し出す。
買ったばかりと思われるギンギンに冷えた清涼飲料水は、現在日野香穂子の体中から欲していたものだ。
とはいえ、容易く食べ物(この場合は飲み物だが)に釣られて、餌付けでもされてる気になってしまう。
「もう、そんなもので誤魔化されないんだから!」
「悪かったって」
やり返してやりたくても、彼の首筋までは高くて届きにくい。
「ずるい」
「何が」
「背、高くて」
「そう言われてもな。身長の問題っつーより、お前が隙だらけなだけじゃね?」
もうちょっと危機感もてよな、なんて笑うけど。
「土浦くんは隙がなさすぎ!」
「なんだそりゃ」
いつか、その余裕を崩してやりたいと狙っているのに。
やられるばかりで、やり返すチャンスが無くて悔しいのだ。

「……つーか、俺が色々と困るから危機感もってほしいんだけどな」
土浦の独白は日野に届かないまま、夏の陽射しに溶けてしまった。





【終わり】

初出:2009/07/30

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