『重なる手』 一ノ瀬×ヒトミ
恋愛エンド後・ほのぼの・誕生日記念
「ええと、あの、その……」
「…………」
ヒトミは困ったように両手を組み合わせたり解いたりを繰り返す。
その様子を頭一つ上から見下ろし、一ノ瀬は腕を組んで待っている。
先程からヒトミはどこか落ち着かないようで、肩が縮こまっていた。
まるで一年前の、初めて出逢った頃のような緊張さえ伺える。
発言は要領を得ず、口の中で声が籠もる有り様だ。
駅前で待ち合わせをして二人は時間より5分前に合流を果たした。
デートの出だしとしては良好だろう。
しかし、歩き出して数分後、ヒトミは現在の状況に陥った。
着飾った顔の無いマネキンがデパートのショウウィンドウ越しにつきあい始めたばかりの恋人たちを見守る。
「……なんだ、俺に何か言いたいことでもあるのか」
「は、はい! あの、一ノ瀬さんにお願いがあるんです、けど……」
一ノ瀬が水を向けてみれば、ヒトミはぴんと背筋を伸ばし声を上げた。しかしその語尾も小さく掻き消えてしまう。
心なしかヒトミの頬が赤い。
「どうした? 体調でも悪いのか」
その赤みにもしや流感の類かと心騒ぎ顔を覗き込む。
「い、いえ、そういうわけでは!」
慌てたヒトミが半歩後ろに下がりながら、両手を振って一ノ瀬の言葉を否定する。
「なら、どうしたと言うんだ?」
「あの……呆れないで下さいね」
ヒトミにしてはやけに回りくどく、はっきりしない。
大きな目は不安に揺れ、長い睫毛が影を落とす。
赤く艶やかな唇が開かれるまで、一ノ瀬は辛抱強く待った。
「あの、一ノ瀬さんと手を……つなぎたいなぁ……なんて」
恥ずかしくなったのか、一ノ瀬の反応を待たずにペラペラとしゃべり出す。
「あ! いえ一ノ瀬さんが嫌ならいいんです、前に友達としゃべっていて恋人と手を繋いで歩くのって憧れるよねって話が出ただけで私別に」
「ヒトミ」
この春から一ノ瀬が呼ぶようになった名前。その一言でヒトミはぴたりと黙り込む。
「ほら、手、貸せ」
「え?」
ぽかんと口を開けて反応の鈍いヒトミに焦れて、一ノ瀬は小さな手を強引に掴んだ。
「手、繋ぐんだろ」
ヒトミの視線から逃れるようにそっぽを向く。
しかしヒトミにはちゃんと見えていた。赤くなった頬と耳の様が。
返事の代わりにぎゅっと指に力を込める。
すると一ノ瀬の手もぎゅっと握り替えしてきた。
【終わり】
初出:2010/02/04