冥加×かなで

恋愛通常END後・両片想い・ほのぼの

 

Siesta』かなでSide


自分が今どこに居て何をしているのか、はっきり覚えている。
冥加枝織と会って冥加宅に招かれ、紅茶と茶請けのケーキをご馳走になった。
「もう少ししたら兄様も戻ってまいりますので、待っていて下さいね」
それまで互いの学校の話などお喋りを楽しんでいた枝織が、そう言って中座した。
広く整然としたリビングにぽつんと取り残され、することもなく外を眺める。
湾岸一帯を見下ろす景観は今やすっかり見慣れたもので、当初こそ物珍しさに窓に張り付くように見つめていたものだ。冥加に「子供かお前は」とことある毎に揶揄されながら。
昼下がりの陽光に照らし出され、街は黄色に輝いている。
東南に向けて大きく開いた窓からも同じ陽射しが降り注ぎ、かなでを優しく包み込む。
適度な柔らかさを持ってかなでの背を受け止めるソファが心地よくて、ついうとうとと舟をこぎ出していた。
学業と練習の両立で疲れていたというのは言い訳だろう。
夏が過ぎて学院にも慣れ、オーケストラ部の面々と楽しく交流し練習を重ねて、全てが充実していた。疲労など感じる暇もなく日々が流れ、そんな日常の一つに冥加の自宅を訊ねるという項目が追加されるようになった。
表向きは枝織に会うことと、彼女に誘われた形での訪問だ。
必ず冥加玲士の同席があると知っても、かなでに否は無い。
会話らしい会話など無きに等しいけれど、夏の全国大会以降冥加の表情は穏やかだった。
当人は抜け殻だとか何だとか言っていたが、かなでは今の方がいいと思っている。
早く来ないかなと待ち侘びながら、しかし唐突に襲ってきた睡魔には勝てなかった。

ぽかぽかと秋の日溜まりで昼寝なんて、なんて贅沢なんだろう。
目を閉じ眠りと夢の境界線を漂いながら想いを馳せる。
こんな所で寝ていたらまた何か言われるだろうか。けれど、ゆらゆらと漂うような微睡みはかなでの意識を絡め取って、より深みへと導こうとする。
それは抗いようのない甘い誘惑だった。

そうするうちに、ふと毛足の長い絨毯を踏む足音が聞こえた。
極力抑えられた音はかなでの座るソファへと近寄ってくる。
起こされるのだろうかと身構えていたら、側頭部に感触があった。
始めは、まるで髪の感触を確かめるように、指先が頭蓋の丸みを伝って落ちる。
やがて大きな掌がそっと添えられた。慎重にゆっくりと撫でる手の温もりが染み込んでくる。
それは例えば律や大地がするような子供をあやすような撫で方とも、響也がするようなぐしゃぐしゃに掻き回す触り方とも違う。
遠慮がちで無骨で明らかに慣れてないようだ。
しかし、その手つきは優しく愛おしげで、するすると滑り落ちる髪の感触を愉しんでいるかのようにも思える。
相手は誰なんだろう。
夢の境界線で、かなではそれが冥加だったらいいと思った。

目を覚ましたら、枝織が戻ってきていた。
かなでの希望とは裏腹に、冥加玲士の帰宅は確認が取れなかった。




【終わり】

初出:2010/05/12

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